コロナ禍が始まり、やってみたこと。家族で「暮らしを作る」

長いこと開いてしまいましたが、コロナが始まってタイに行けなくなってから、色々な学びの形を作ってきました。

日々、子どもたちの姿を見ては今何が必要かを考えて過ごしてきていた分、精一杯で、ブログとしての更新がままならず、インスタに記録してきましたので、少しずつ書いていきますね。

(息子のブログもとまっちゃってますね🙏。)

2020年、コロナが始まった年のこと。

娘が小学校に上がる年でした。

卒園式も入学式もままならず、「今年はタイにも行けなそうだね。」
そんな話をしつつも、私たちは丸一年を山で過ごすことになりました。今までは冬になると数ヶ月、タイの山岳地帯で暮らしていたので丸一年を山で過ごすのは初めてのことでした。

コロナのはじまった矢先で、身動きも取れなかったので、毎日子どもたちと畑をしました。

4月にビニールハウスをはり、5月にはタネを落とす。


6月になると、防獣ネットをはり、

地温が上がるのを見て、路地植えをし、朝晩の気候をみて、覆いをかけて苗を守ってあげる。

野菜を育てるよりも他にせねばならない仕事の多いこと多いこと。

そうして少し育ったら支柱を立て草をとる。
夏は順々に収穫をしていきます。
野菜は大きければいいと言うのではなく、大きくなりすぎて種が入る前に収穫をしなければ収穫の時期がすぐに終わってしまうこともこうして母子共に経験していきました。

秋を過ぎると鹿が畑に入ろうとします。
暖かい時期、「子鹿が産まれて(親子でいる姿を)かわいいね。」と言っていたのに、この関係がここからライバルに変わっていきます。

私たちが夏の間に必死で育てた野菜を彼らが食べようとする。
少しなら分けてあげてもいいかな、って思っていたけど、彼らは生きるのに必死で片っ端から食い尽くそうとし、我が家も大事な食糧なので必死に守りたいと思う。

そんなやりとりがこの時期から雪が降る頃まで続きます。

私たちも野生動物も同じ存在なのだろうと言うことをこうして痛感していきました。

スーパーで手に入れてきた食糧の裏側の大変さを痛感して、実りにただただ感謝をする様になりました。

こちらは半年間雪に閉ざされる北国なので、冬の間はお漬物や雪の下にうめた大根などの保存食でいきのびます。

この年は鹿肉を分けていただいたので干してジャーキーを作りました。

食べれることにも感謝がつきません。

同時に薪割りという仕事もあります。
ご近所さんの分も併せて四軒分の薪割り。

見かねた子どもたちも手伝ってくれます。

我が家にお手伝いお小遣い制は存在しません。

彼らから教えてもらったことがあります。

「お手伝いは大好きな人が大変そうだから助けてあげたいと思うことから始めるものだということを。」

わたしたちが大変だから手伝ってあげたいと思う彼らの優しさを、ここでいつも感じています。

(この年は焚き付け用に廃材をいただきました。でもこれがまた大変。一つずつハンマーで解体してからカットします。子どもたちの手に本当に感謝です。)

そして、彼らはいつも遊びの合間を見て手伝いに来てくれるので、彼らが遊びに夢中である時には、私はお願いしないようにしています。
彼らの時間も大切にしたいとおもうので。

それでも、わたしたちが外で忙しくしていると、わざわざ声をかけてくれます。
「今、遊ぶのに忙しくて手伝えなくてごめんね。沢山働いてくれてありがとう。」

そんな言葉を丁寧に伝えてくれるので、わたしたちからも感謝の気持ちが生まれます。

親子関係において、信頼関係と敬意は日々の積み重ねだと気付かせてもらった一年。

わたしたちがやってあげられることよりも、彼らが向けてくれる優しさの方が大きい様に感じるようになりました。

そんな彼らの優しさを感じるにつれ、私も彼らをもっと大切にしたいと思う。
優しさをかんじて、自分も優しさを使う努力をする。

家族内でそのサイクルが巡ります。

たくさんのありがとうが飛び交う様になりました。

「薪を作ってくれてありがとう。」

「ご飯を作っておいてくれてありがとう。」

冬の間も大家さんのお家へ、薪小屋から薪を移す仕事を一生懸命してくれるので、おじいちゃんが、おやつをくれたり、お小遣いを下さることも。

(じいちゃんちの雪はねも大事な仕事です。

車や屋根の雪下ろしは本当に緩くない。。)

一度も文句を言わず3年、彼らは毎年これらの作業を手伝ってくれますが、じいちゃんたちの優しさも感じてきてるので、誰かが安心して笑う笑顔の価値をこうして教えてもらっているように思います。

そしてね。
自然から沢山の安心や、豊かな気持ち、息抜き抜くための知恵もいただいてると言うことを体感しています。

雪虫が沢山飛ぶようになった頃、たくさんの薪を見て安心した気持ちになれること。

雨が続いた日の後、山のあちこちから溢れてくる水を追いかけていつまでも水遊びをすること。

春先にオタマジャクシがかえるのはいつもの光景なのに毎年みんなではしゃいでしまうこと。

そしてある年はその池が干上がりはじめて、生まれたはずのオタマジャクシが干からび始めるのに心を痛め、みんなで必死にバケツで水を運んであげたけど数日後に死んでしまって、人の力ではどうしようもならないことがあるということを痛感した日。

山に生えた山菜が見分けらえるようになって、野菜を育てなくても食料が得られることに感動したこと。

厳しさとともにそれを救ってくれるほどの美しさや感動に出会うこともできます。

自然からの学び

畑をし、保存食を作り、コンテナハウスを自分たちで直し、服を仕立てる。

そんな暮らしをしている我が家にとって、自然から生きていく知恵を見つけていくことは生きていくための術です。
自然の姿は毎年違い、季節の移り変わりも刻一刻とうつっていきます。
大変さも美しさも刻一刻と変わっていくため、今を生きるための沢山のヒントを自然の中から探しながら生きています。

日々の学びは自然の中からいただいています。
(もちろん人様からもですけれどもね。)

自然の中で暮らす日々は、旅をしているかのように「今」の積み重ねだと感じています。

予想外の事が多々起こる中、自分で決めて、行動に変えていく日々。

2020年はここで生き抜くことが大きな学びとなりました。
暮らしを作ることの中にたくさんの生きていくための学びが含まれています。

旅する様に暮らす日々

「旅するフリースクール」
このネーミングもどうしようかと考えたときもありましたが、私たちの暮らしは日々が旅のようだと感じているので、コロナ禍版の旅する日々でした。

そしてこの年の夏、新しい旅の形も子どもたちと作って行ったのでこれから記録していきますね。

「子どもたちの今、目の前の興味を、どう学びに変えていくか。」
この三年、私が考え続けていることです。

今の環境に静かに目を向けてみると、学びも、喜びも沢山転がっていることに気が付きます。
それを一緒にどう感じていくか。

子どもたちに経験させてあげよういう形ではなく、一緒に何を感じて楽しめるか。
そうして、目の前のことを一緒に超えていきながら、過ごした3年でした。

親子で積み重ねてきた7年全てが、「旅するフリースクール」です。

学校に行ってるとか、行ってないとか関係なく、生き抜く術を自分で見つけていくための学びは、どんな人にも必要なもの。自分にとって大事にしたいものはなんだろうって、大人も子供もなく、感じ、考え、身につけて行けたらいいなって考えています。

私はこの7年間で、日本のコミュニティで子育てをさせてもらい、タイの山岳地帯で朝から薪でご飯を炊き、床と屋根しかない家で暮らしながら、世界中の人と焚き火を見ながら話をさせてもらい、帰国したら、その時のような暮らしをしたくて、今は山で暮らさせてもらっています。

そうして時々、バックパックを背負って歩きながらリアル旅も取り入れながら。

歩く力は生きる力だと思っているので、出来る限り歩いて移動します。朝ご飯はほとんどがキャンプ場で炊いた納豆ご飯でした、笑。

いろんな場所で暮らして、家族で話し合い、悩みを超えて、大事だと思ったことを行動に変え、そんな積み重ねで今を生きています。

たくさんの想いの詰まった名前です。

私たちはこれからも、「旅するフリースクール」という名前とともにそれを育てながら、活動をしていこうと思っています。

(セミの羽化を見つけた時の感動。一晩でこの羽が七色に変わっていきます。)

(氷点下20度を超えた時の木の枝の様子。一年に一度か二度の神秘の瞬間。)

(吹雪いた次の日の朝、家から出た瞬間。いつも娘は声を上げます。

キンと空気が澄んだ山に景色に息を呑む瞬間。)

こんな大きな自然のもとで、親子ともども「生き抜く」ということを味わっています。

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