娘宛に、素敵な贈り物が届きました。
先日旦那さんが出先でいただいたお土産の袋にコトンと入っていたお人形のお靴。
お人形大好きな娘は誰のだろうって一生懸命考えていたけれど、お土産を持たせてくれた方のお子さんのお人形さんのものでした。
靴と一緒に幾つかの贈り物の包みを娘と作って贈ったお返しに届いたプレゼント。
娘は、ワクワクしながら開封。
贈り主さんは織物職人さんで、アパレルの残糸の活用を研究されてる方なんですよ。
その方からの贈り物はなんと、手作りのちいさな機織り機。
残糸であるいろんな毛糸が小さく巻かれてセットになって届きました。
娘は早速織りはじめました。昔話をBGMに、笑。
懐かしい市原悦子さんがかたる鶴の恩返しやら、何やら機織りシリーズをBGMに流しながら、織りはじめること2時間。
ちなみに機織り昔話シリーズは、鶴の恩返し、魂を取る亡者、牛池。。
こう見てみると昔話には機織りをめぐる話がたくさんあるくらい、大切な仕事だったんだなあとわたしは思いましたが、娘の手は作業に集中。
ぱったん、ぱったん。。。。
そうしており上がった、はじめての織物。
毛糸は織物にするとまた雰囲気が変わるという変化に驚いていた娘。
ハンドメイドをするものとして、わたしが布から作品に変わったときに感じてきたこと。
そんな何かを形にしたときに、素材が持っている雰囲気がぐっとイメージが変わる面白さやワクワクを娘も感じてくれたようです。
出来上がった織物はシルバニアたちのお布団に。
小さな機織り機は、以前に別の場所で見かけたことがあります。
わたしがやってみるー?って言っても決してやることのなかった織りですが、この方がこうして心を込めて娘に手渡したくれたお陰で、興味のアンテナがうごきました。
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子どもが興味を持つきっかけって親が与えるものではないんですね。
もちろんそういう、いいタイミングである時も実際にありますが、ほとんどは、うるさいなあっていう場合であることが多いような気がしています。
何かにワクワクする瞬間もそれぞれ、今、それを掴むか、後で掴むかもそれぞれのタイミングで決めることだなあとこうして思うんです。
親として、「いろんな経験してほしい」、「やってやりたい」って想いを、最近ぐっと手放せつつあります。
親として、わたしが「経験させてやりたいと思っているんだ」ということを自覚しないと、喧嘩になります。
それぞれのタイミングだよね。
ということを頭でわかっていても、実際にそんなふうに接しているかとなると別物。
無意識にそう行動してしまっていることが多かったわたしの、過去の経験です。
もちろん今でも顔を出す、大きなお世話の母心もあるので、ずっと意識をするようにしていますね。
これは寄り添い方のトレーニングだなあと感じています。
“それは、わたしがやりたいことであって、本人がやりたいことではない。”
自分のやりたいこと、やってみてほしいという思いをおしつけてはいないだろうか?
と、わたし自身を外から見てみる。
自分を整えていけるよう気をつけています。
自分がやってみたいことであれば「おかあさん、これやりたいんだよねー。」って自分でやっていたら楽しさが伝わっていく経験もしています。
我が家の場合はミシンだったのですよ(..◜ᴗ◝..)
娘は自分でシルバニアの服を作るようにもなりました。
伝えるのではなく、伝わっていくのを待つつもりでいたら、本人が必要なら拾っていくし、いらないならば、受け取らないで「自分らしい生き方」をしていくのでしょうね。
今回の機織りもわたしも娘にもありがたい経験。
好きな人が送ってくれた機織り機だからこそ、娘は興味をもった。
本人の興味の時期と、興味をくれた方との関係性など、いろんなタイミングがかち合って、じっくりとした学びに入り、人生を深めていくのだろうなと気付けたように思います。
我が子たちに丁寧に関わってくださる方々のおかげで、育てていただいています。
子どもたちは社会の宝、未来の希望。
友達や、仲間と一緒に幸せに生きてその輪がひろがってくれたらうれしいな。
そのために、自分はどんな心で子どもたちに寄り添いたいかを考え続けています。